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1 美母はチャットレディ 【1】

鯖虎猫+アップ用



1 美母はチャットレディ


八月の雨は、海の匂いがする。東京湾の臭い。だから下水道の臭いなのだけど、それでもそれは海の匂いだ。

伊丹優羽(ゆうわ)は、道玄坂を昇ってネオンがくすむ昼間のラブホテル街を抜け、松濤フラワーマンションの駐輪場に自転車を停めた。

駐輪場の植え込みには、ひまわりが咲いている。根元には、吸い殻の放りこまれたカップヌードルの容器が転がっていた。誰かの噂話でも持ちかけるかのようにひまわりの濡れた花首が揺れた。

昨夜は一晩中、伯父の二番目の妻・梅川京華の「楽園実験」に、優羽は参加していた。

アニマ聖書冊子協会には、ごく一部の信者しか知らない特別なイニシエーションが存在した。それが使徒会議のメンバーのみ行うことを許された、楽園実験と呼ばれるものだった。

楽園実験は、聖書に預言された審判の日の後に設立される神の王国で、この世界を支配する王となる使徒会議のメンバーがよりよく人類を治めるために、人間のあらゆる事柄を知る目的で行なうものとされていた。

優羽はスポーツバッグからタオルを取り出して顔を拭き、ブリーチしたばかりの髪を無雑作に整えた。

マンションの住人だろうか? 二人の主婦が会話を止めて、茫然とした顔で優羽を見つめていた。

寡黙で儚げな少女のように見える、優羽――。一切の邪心を取り除いたかのような澄み切った瞳と透き通った鼻立ち。見る者に優しい微笑を期待させずにはいられないふっくらとした桃唇。色白の肌はその美しさゆえに、肌色の微妙な色艶を何度も確認しないではいられなくなる。

そんな優羽も今日は興奮で頬を上気させ、緊張を隠せないでいた。十八歳の誕生日を迎えたこの日は、母・伊丹蘭に命じられた、初めてのアダルトチャットの配信日でもあったからだ。

優羽はスマートフォンをポケットから取り出した。蘭に指示された時間にはまだ余裕がある。

アダルトチャットの専門のサイト『らぶちゃ』にもアクセスして配信状況をチェックした。チャット中の番組には、ON LINEの文字が点滅している。

「パイパンゆう子に中出しドッピュン☆だれかわたしを孕ませて・管野ゆう子」

「ネカフェ露出&逆ナンからぁ〜のハメ配信! お○んぽハンター・磯田舞」

「娘の通う中学校の女子トイレからオナニー配信します♡変態主婦・幸田梨花」

サイトには女のサムネールがいくつも並んでいる。なかには顔を晒している女もいるが、ほとんどの女は手やマスクで目や口元を隠していた。

「いまから、血の繋がった実の息子を奴隷調教するよ! AV女優・伊丹蘭」

(……ママの配信が始まっている!)

スポーツバッグを脇に抱え、優羽は非常階段を四階まで一気に駆けあがった。

(ママに、叱られる!)

四〇二号室の前で軽く息を整えて、静かにドアを開けた。

鈴の音をさせながら「海」が足もとに近づいてきた。優羽が小学五年生のときに宮下公園で拾った鯖虎の猫だ。あのとき「海」は、二重になったレジ袋に入れられて、公園のごみ箱に捨てられていた。

猫に「海」という名前をつけたのは、里見彩翔(いろは)だった。

リビングの向こうの寝室から蘭の声が聞こえてきた。蘭が発する低く鼻にかかったえげつないほど乱れた淫声には、微かな擦れが滲んでいる。


(つづく)



クリックしてくれるとうれしいにゃあ

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